こころ楽太郎の書付帳📝

「つらい」心と体を楽にするお手伝い🎈

いま心や体が「つらい」と感じているあなたへ ~うつ病で12年間を失った私からのアドバイスと経験談~

いま心や体が「つらい」と感じているあなたへ

 

・数ヶ月以上にわたり、ひどく疲れを感じている人

・メンタルに大きなストレスを感じている人

うつ病で薬を飲みながら働いている人

うつ病で休職している人

 

に経験者としてアドバイスします。

 

「まわりに迷惑がかかるから」とか、
「自分が休んだら仕事がまわらなくなる」とか、
「そんなことをしたら評価やキャリアが・・」とか、

 

そんなこと、今はどうでもいいんです。あなたはいまふつうの健康状態じゃないんです。

 

自分のためにも、あなたに何かあったら悲しむ人たちのためにも、いったんしっかり休んで、健康を取り戻すことを最優先にしてください。

 

自分の健康は自分で守るしかありません。さらに悪化して仕事や家事すらもできなくなってしまう前に、誰かを頼って休みましょう。

 

私があなたに「休息をとって」と言う理由

ツレがうつになりまして」という本をご存知ですか?旦那さんがうつ病になってしまった、漫画家さんが書いた本で、ドラマ化され、映画にもなった作品です。

 

その中にこんな一節👇があります。

引用:その後のツレがうつになりまして 細川貂々著 幻冬舎

 

貂々さんがいっている通り、うつ病というのは誰でもなる病気で、日本人の6人に1人がかかるといわれている病気です。

 

メンタルが強いとか弱いとかそういう問題ではありません。しかも最悪の場合、自殺してしまう人もいる病気でもあります。

 

これまで健康であっても、いくら知識があっても、誰でもうつになってしまうリスクはあるんです。

 

まさに私がそうでした。「うつ病」は知識として知っていましたが、「自分もそうなる可能性がある」という意識がなかった。

 

その結果、充実した日々を送るはずだった12年間をうつ病で失いました

 

順調だった会社員生活から、うつ病で休職に追い込まれるまでの経緯

うつ病になった原因は、慢性的な過労と職場の人間関係のストレスです。

 

2018年4月。私は管理職になりたての課長1年め。6名の社員がいる部署に配属されました。そのうち3名は年上の部下で、その中の一人がAさんです。Aさんが年下の上司が面白くないのだな、とすぐに分かりました。

 

一緒に仕事をしていると案の定、空気を悪くする言動が目立ちます。とはいえ、これまで面倒な人と仕事をした経験は何度もありました。当初はさほどストレスを感じていたわけではありません。

 

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半年が経過して下半期になり、業務が多忙になる11月ごろから、Aさんの言動はエスカレートしました。課の雰囲気が悪くなり仕事は停滞。私はやむなく、たまった仕事を抱えて片付けていきました。

 

1月から3月にかけて、終電がなくなる深夜まで毎日残業。タクシーで帰る日々が続きました。休日出勤もあたり前で、当時の睡眠時間は4時間ほど。首肩はガチガチで、頭痛はするし胃も痛い。

 

完全にオーバーワークでした。慢性疲労で身体がすっかり弱っていたのです。不思議なもので体が疲弊してくると、気にしていなかったAさんの言動が少しずつメンタルを削ります。

 

こうして年度末にはメンタルも心身ともに弱り切ってしまった。

 

職場にいると強い緊張感を感じて心がザワザワします。まるで戦場にいて、いつ襲われるかとおびえている兵士のようです。

 

オフィスにいるのが怖くなって、昼休みは時間をずらしてとり、なるべくデスクにいないですむようしていたほどです。もう職場にむかうことすらつらくて仕方がありません。休日も仕事のことが頭から離れずひどく心が落ち込みます。

 

周囲からも「元気ないよ。大丈夫?」と心配されました。見るからに弱っていたのだと思います。

 

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2019年4月。新年度になって忙しさは一段落しましたが、Aさんの言動はいっこうに変わりません。

 

「こんな日々がこれからも続くのか・・・」

 

と、メンタルがどん底になっていたそんなある日。いつものように会社に通勤すべく最寄りの駅で満員電車に乗ったところ、

 

急に気分が悪くなり次の駅ですぐ降りました。 吐きけがして冷や汗が止まりません。 寒くもないのに手が震えています。すぐさま自宅に戻り、その日は職場に体調不良で休むと連絡しました。

 

さすがに普通ではないと自覚していろいろ調べ、自分がうつ病らしいと気づいたのです。4月の下旬に心療内科に行って医師に状況を話したところ、仕事を休むようすすめられました。

 

こうして5月中旬に会社へ休職届を提出することになりました。

 

これは当時、会社に提出した診断書です。


病名は『うつ病』でした。

 

以後12年間で3回休職し、2回復職を経験しました。

 

3回の休職はいずれも2年間以上の長期間におよびました。3回めの休職で休職期間満了となり、2021年12月に26年在籍した職場を退職します。

 

病気についてよく知っていたのに

自分は病気につい無知だったわけではなかった。むしろ一般的な人に比べて専門的な知識をもっていました。なぜなら新卒で生命保険会社に入社した私は、「医務課」という部署に配属され数多くの病気に関する情報、健康診断結果を見て査定した経験があったからです。

 

生命保険や医療保険は加入する時、お客さんから「告知書」という書類を提出してもらいます。告知書とはお客さんの健康状態を確認するために、

 

・現在の健康状態
・服薬している薬
・過去5年間の病歴

 

などを質問して、その詳細を書いてもらう書類です。医務課はこの「告知書」に書かれた病気の経緯・現状を見て、入院・死亡になるリスクを査定し、保険を引き受けても問題がないか判断する部署です。

 

この業務を2年半の間、毎日やりました。1年で出勤日が約200日、それを2年半ですから、200日×50枚×2年=20,000

 

少なく見積もっても2万件の病気の情報を査定しました。

 

こうした経験から、「なんの問題もなく日常生活を送っているように見えても、病気で苦しんでいる人がたくさんいる」「誰でも病気で入院したり手術したりするリスクはある」とよく理解していました。

 

もちろんうつ病がどういう病気なのかも知っていました。そんな自分がうつ病になったのです。

 

健康状態は良好でストレスにも強かった

うつ病になるまで健康状態は良好でした。メンタルが弱かったわけでもありません。マイペースで楽観的な性格で、人のささいな言動を気に病むタイプでもありませんでした。

 

社会人になって多数の部署から、多くの人が参加するプロジェクトの運営を何度も担当しました。多いときは50人以上が参加する会議の運営役をしたこともあります。激論が交わされる修羅場も何度も経験してきたので、メンタルは強い方だと自負していました。

 

上司や同僚からも「しっかりしてるね」とか、「ハッキリ言うねー」とかいわれるタイプでした。そんな自分のメンタルが参ってしまい、うつ病になってしまうとは夢にも思いませんでした。

 

いちばん仲の良かった同期の友人にも、「おまえがそんなふうになるなんて信じられない」と言われたほどです。

 

どれだけ心身ともに強い人でも、身体が弱っている状態が長く続く、とメンタルも弱っていきます。そんな時にはささいなことがきっかけで、体をこわしたり、うつになってしまうことは誰にでもありえるのです。

 

休職中の生活


休職中は絶え間ない体調不良に苦しみました。

 

睡眠障害、めまい、耳鳴り、頭痛、吐きけ、下痢

 

自律神経が正常に働いていないせいか、あらゆる体調不良が起こります。ひどい倦怠感に苦しみ、なにもする気が起きません。「倦怠感」とは身体や精神的にだるい、疲れたと感じる症状です。

 

風邪で高熱が出ると体がだるくなり、何もする気が起きず、ちょっと動くのもつらくなりますよね? あの症状が倦怠感です。

 

そんな体調の悪い日が毎日続きます。薬を1日10錠以上飲んでもいっこうに楽になりません。

 

1年間くらい日用品を買うときと、病院へ通院するとき以外はまったく外出せず、家に引きこもっていました。

 

復職にむけてなにを思い、どんなことをしたか


休職が始まってから2年がたち、ようやく少し体調がよくなってきたときにはもう休職期間が終わりに近づいていました。

 

体調はまだとても仕事ができる状態ではなかったですが、「このまま仕事を失ったら人生が終わってしまう」という恐怖と焦りから、「このまま終わるくらいなら…!」と思いリハビリを始めました。

 

ろくに体を動かしていなかったので、まず短い時間の散歩と部屋の中でストレッチを始めました。その後、運動する時間を少しずつ増やしました。さらに会社の産業医のアドバイスもあり、通常の勤務に耐えられるように「リワーク」を行いました。

 

※「リワーク」とは休職者が、職場復帰に向けて実施するリハビリです。

 

まずは短い時間でも外出先で過ごす訓練です。近所のカフェや図書館に出かけて1時間ほど読書をします。最初はそれだけで気分が悪くなり、帰ってくるとぐったりしましたが、継続するうちに外で過ごせる時間がだんだん長くなっていきました。

 

復職日に向けて3か月ほど前からは、1日の生活を記録する「行動記録表」というシートを作成。会社から提出を求められたもので、復職が可能か産業医が判断するための資料です。

 

復職予定日の1ヶ月前にこのシートを主治医の「復職可能」という診断書とともに勤務先に提出し、産業医面談を経て勤務先から「復職OK」の判断をもらい、なんとか復職することができました。

 

これ👇は復職時に勤務先に提出した診断書です。

 

なんとか復職したものの・・・


復職後、仕事のパフォーマンスは思ったほど悪くありませんでした。それだけは良かったのですが、体質がひどく疲れやすくなっていました。デスクワークを淡々とするのは問題ないのですが、打ち合わせやミーティングなど、人とコミュニケーションをとる場面はひどく消耗して、どっと疲れます。

 

仕事を終えて帰宅してもなにもする気が起きません。いくら寝ても疲れが取れず、常に体がだるくて憂うつでした。このままでは保たないと思い、とにかく体への負担を軽くしようと、

 

・通勤時間が30分以内のところへ引っ越し

・業務時間中はこまめに水分補給し、休憩をとる

・昼休みは必ず会議室で仮眠する

 

など、なんとかその日その日をしのぐために工夫しました。いつか症状が改善することを祈りながら毎日を過ごしました。思い返すだけで、いまだに心が痛むつらい日々でした。

 

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そこまでがんばりましたが・・・冒頭で述べた通り、復職して働けた期間は一度目の復職は14ヶ月間、二度目の復職は21ヶ月間でした。そして三度目の休職。最初に休職した日から12年半が経過した2021年12月、休職期間満了をむかえ26年在籍した職場を退職しました。

 

休職・復職をくりかえした12年間を振り返って

 

私がうつ病にかかったのはコロナ禍前だったので、在宅勤務やリモートワークがまだ一般的ではありませんでした。

 

復職の条件が「月曜から金曜日までフルタイム勤務できること」だったので在宅勤務・時短勤務といった勤務形態が選択肢としてなかった。

 

また、休職あけで有給休暇の日数が少なかったのもつらかった。結果論ですが、いま思えば二度めの休職に入ったとき、「通常の会社勤務はもう難しい」と理解して、違った働き方を模索するべきだったかもしれません。

 

それまでの自分が健康だったので、「必ず以前のように仕事をバリバリしていたころに戻るんだ」と執着してしまい、それが裏目になってしまった。今となってはそう考えています。

 

まとめ ー3つのお願いー


最後に私からあなたへ3つのお願いです。

 

◯健康な人はその “有り難さ” を知って大切にしてください

 

◯日頃からきちんと時間と手間をかけて健康を守るための行動を行ってそれを習慣化してください

 

◯心や体がつらいときは勇気をもって「休む」選択をしてください

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。読んでいただいたあなたに、なにか一つでも学びや気づきがあれば幸いです。

 

以上